世界最高のタブラ奏者ザキール・フセインが、2008年のオーチャードホールでの「Zakir Hussain & Masters of Percussion」公演以来、8年ぶりに来日決定! 日本初演となる貴重なタブラソロセットをWWW Xで披露するという。ザキール氏の奏でるタブラの音に衝撃を受けて以来、インドやアメリカへ何度も足を運び、約12年間師事し続けているタブラ奏者U-zhaanに、ザキール氏の魅力、タブラの魅力を語ってもらった。聞き手は、これまでU-zhaanと共に数多くのライブ共演や、楽曲制作を行ってきた音楽家の蓮沼執太。
蓮沼執太(以下、蓮) 今日はユザーンに、ザキール・フセインさんへの師匠愛を語ってほしくて。
ユザーン(以下、ユ) なんだか気恥ずかしい企画だね。そういえば、執太もザキール先生の演奏は観てるんでしょ?
蓮:そう、渋谷のオーチャードホールで一度だけ。僕が大学を卒業した年だったかな。ビックバンドみたいな編成だったよ。
ユ:ザキール・フセイン&マスターズ・オブ・パーカッション名義で来日したときだね。なんで行こうと思ったのかな。
蓮:いろんな国の音楽をライブで観に行きたいって思ってる時期だったんだよね。もちろん今でもそうだけど。
ユ:殊勝な心がけだね。それでインド音楽を。
蓮:そう。当時はザキール・フセインのことも知らなくてさ。
ユ:へー、知らずに行ってたんだ。そういえばその日、俺は先生のアテンドをしてたんだけど、自分も渋谷のDUOってライブハウスで演奏があって。
蓮:自分のライブも入れちゃったの?
ユ:日付か何かを間違えちゃったんだよ。先生のサウンドチェックを観てから走ってDUOに行って自分のリハをやり、また戻ってきて時計を気にしながら途中までライブを観たあと自分のライブをしに行って、終わったら片付けもそこそこにまたオーチャードに戻る......みたいな感じで。
蓮:会場が近くてよかったね。ところで、ユザーンがザキール・フセインを初めて観たのはいつごろ?
ユ:インドに初めて長期滞在した年だったから、1998年かな。そのころ住んでいたカルカッタにライブをしに来たんだよね。
蓮:観てみてどうだった?
ユ:すごかった。すごすぎてちょっと気持ち悪くなって、インターバルのときにトイレで少し吐いたもん。
蓮:それ、何かインドの食べ物に当たってたんじゃないのかな。
ユ:え? あまりの興奮で気持ち悪くなったんだと思ってたけど、俺ただの食当たりだったの?
蓮:うん、食中毒でしょ。ライブがよすぎて吐くなんて聞いたことないし。
ユ:たぶん俺が集中しすぎちゃったんだと思うんだけどね...。でも、すごかったんだって本当に。それまでもいろんなライブで様々なタブラ奏者の演奏を観てきたけど、誰とも違ってた。陳腐な表現だけど、同じ楽器から出る音とは到底思えないというか。
蓮:へー。
ユ:最初の一音だけでノックアウトされちゃう感じだったよ。これは一体なんなんだ、って。
蓮:ライブ後に、声かけに行ったりはした? 「Awesome!」とか。
ユ:そんなスラングみたいの使って気軽に評価を伝えたりできないよ! 初めて話をしたのは、1年ぐらいしてからかな。まあライブの後なんだけど、共通の知人に紹介してもらった。「こいつ、日本から来てタブラやってるんだよ」みたいな。
蓮:紹介されて、どんな話をした?
ユ:いや、そのときは名前を伝えて足を触ったぐらい。偉い人の足先を触ったあとに自分の頭上に触れて敬意を表す、っていうインド独特の挨拶があるんだよね。あなたのつま先についたほこりすらも頭に抱くほど尊敬しています、みたいな意味なんだけど。
蓮:そんな挨拶があるんだ。そのとき初めてやったの?
ユ:インドで芸事を習ってると、日常的にやるものなんだよ。コンサート会場なんか行くと大御所の音楽家が楽屋とかぞろぞろいるから、屈んでばっかりで腰が痛くなるぐらい。
蓮:じゃあ今回のコンサートに関わってる人たちにも挨拶のしかたを教えておいたほうがいいんじゃないの。
ユ:うーん、ザキール先生はそんなに喜ばないと思うね。
蓮:そういうしきたりみたいなものが好きじゃないってことかな。
ユ:そうなのかも。インドでは師匠のことを「グル」って呼ぶんだけど、そう呼ばれることも嫌がるし。
蓮:フランクな人なのかね。
ユ:フランクというか、自分もまだ道の途中だっていう強い意識があるみたい。私も君たちと同じ生徒の一人なんだから、グルとは呼ぶなって。
蓮:なるほどね。ユザーンは師事して何年になるんだっけ。
ユ:2005年からだから、12年目だね。
蓮:今までずっと習い続けてきた理由っていうのは?
ユ:だってさ、一度でいいから教えてもらいたいってずっと思っていた憧れの人だから。ザキール・フセインからタブラを習えるなんて夢みたいなことだし、そして教えかたも本当に素敵なんだよね。なんでも教えてくれるんだよ、タブラに関することなら。細かいテクニックやサウンドのことから、足がしびれないような座りかたまで(笑)。
蓮:インドだけじゃなくて、アメリカまで行ってるんでしょ。
ユ:逆にインドでは先生が忙しすぎて、教えたりする時間がないんだよね。年に一度、カリフォルニアで集中的に教えてくれる感じ。インドでも、彼のお父さん(Ustad Alla Rakha)の命日の2日前ぐらいに生徒たちを集めてレッスンすることはあるけどそのぐらいかな。
蓮:インドで生徒が集まるって、すごい人数なんじゃない?
ユ:一部屋に入りきる程度ではあるけどね。自分の生徒だけじゃなく、兄弟弟子にあたるお父さんの弟子とか、弟の生徒や孫弟子とかの同門が一気に集まっていて壮観だよ。
蓮:見てみたいもんだね。じゃあこのへんで、ザキール・フセインの演奏の一番の魅力を教えてよ。
ユ:なんだろなー。ひとつには決められないよ。躍動的なのに抜群に安定しているリズム感だったり、表現力やダイナミクスの幅だったり、そしてクリアかつ重厚な音質だったり。世界にはいろんな素晴らしいタブラ奏者がいるけれど、1人だけちょっと異質なくらい違う感じなんだよね。
蓮:どうしてそうなったんだろう。
ユ:人一倍の努力も、天性の才能もあるんだろうし。あとは、経験値も高いのかもしれない。若い頃から、インド音楽だけでなく様々なジャンルのミュージシャンとセッションしていたり、ジョン・マクラフリンと一緒にバンドをやったりとか。そういう経験がすべて彼の演奏するインド音楽にも反映している感じがする。
蓮:ユザーンもさ、ヒップホップやエレクトロニカ、ジャズやポップスみたいなコラボレーションが多いじゃない。そうやって伝統音楽だけじゃなくて、色んなジャンルでセッションしていくところは師匠の影響を受けてると思う?
ユ:それは逆にどちらかというと、ザキール先生とは違うことをやろうっていう意識のほうが強いかな。その考え方自体には、先生の教えからの影響があると思うよ。先生から「ザキール・フセインみたいになろう、とは思うなよ」ってめちゃくちゃ言われるんだよね。「誰かのコピーになっちゃダメだよ。オリジナルには絶対かなわないし、君は君なんだから」っていう。
蓮:素晴らしいね。
ユ:でもさ、やっぱり先生の演奏には憧れるし、ああやって叩きたいってつい思っちゃうよね(笑)。俺がタブラを叩き始めたこと自体、ザキール・フセインの演奏をCDで聴いたのがきっかけだから。彼がいなかったらきっとこの楽器をやっていなかっただろうし。本当にかっこいいからなー。執太は最近、俺とよく一緒にライブしてるじゃん。
蓮:うん、やってるね。
ユ:タブラの音を聴く機会も増えてるから、ザキール・フセインのすさまじさが前に見たときよりも更によく伝わるんじゃないかな。ライブを見たあと「タブラって凄いじゃん! ユザーンもっと頑張れよ」って思うかもよ。
蓮:それは楽しみだ(笑)。最後にひとつ聞きたいんだけどさ、何年か前にザキールさんは浅田真央さんとCMで共演してたじゃん。
ユ:うん、ロッテのチョコレート菓子のCMだよね。
蓮:あの撮影現場もユザーンは行ってたの?
ユ:同行してたよ。
蓮:どうだった?
ユ:先生が?
蓮:いや、浅田真央さん。
ユ:そっちかよ! えーと、とても姿勢がよかった(笑)。